6月6日 静知協の福祉大会がグランシップで行われた。
・会員施設で長らく勤められた方々の表彰
輝望会より9人表彰
・事例報告
・講演
共感的な視点ではなくあえて異なる視点からこの事例報告
と講演を私なりに見てみると
1.事例報告
「医療的ケアを必要とする利用者さんの意思決定支援に
ついて」なので最重度の意思表出ができにくい事例発表か
と思ったが、筋ジスの方で意思表出はできる方であった。
まず、意思決定支援とは
自ら意思を決定することに困難を抱える障害者が、日常
生活や社会生活に関して自らの意思が反映された生活を
送ることができるように
可能な限り本人が自ら意思決定できるよう支援し
本人の意思の確認や意思及び選好し、
支援を尽くしても本人の意思及び選好の推定が困難な場
合には、最後の手段として本人の最善の利益を検討する
ために、事業所の職員が行う支援の行為及び仕組みをいう。
* この方の思いについて、私たちが支援すべきことなのかと
素朴な疑問を持った。
体が不自由で、家族の協力も得られない中で、生きることに
ついての特化されたこと
これからも生きることの大切さを情報提供すべきなのか、どう情
報提供すべきか、どう考えたらよいのか 悩みは尽きないが、
ここまでくると意思決定支援ではなく、人生論あるいは宗教論
に入ってくるのではないか。当然個々人によってその思いや
考え方は異なる。特にこの事例の方には強く言えるのではないか。
このような場面で必要な方は私たち福祉現場の職員ではなく
宗教家と言われる人たちではないか。牧師が、住職が人生を
説き、生きることの意味を語ることではないかと思った。
連携が言われて久しい。ここは、人生の達人でもある宗教家
と言われる方たちにもご登壇していただいた方が良いのかと思った。
2.講演「意思決定支援を実践から振り返る」
椙山女学園大学 教授 手嶋雅史 氏
(1) チャットGPT日本語 無料版 の回答は
すごい時代になった。卒論やレポートはほとんどこれらに
よって書かれるようになってきている。当たり前になっている。
なので、別の視点で話を。
(2) ずいぶん昔は「意思決定」「自己決定」があって、両方とも
同じ意味合いで使っていた。
*私の場合、思いの質の違いがあって
意思決定は ラーメンにするかそばにするか程度
自己決定は どこに就職するか、誰と結婚するか
と、考えていたが 今はほとんど「意思決定支援」が
使われているがそもそもこの言葉の意味は?
AI的には
意思決定は、選択や決定を行う行為や過程。自己決定は
その決定をを行う主体が本人であり、自分の意思に基づいて
決めること。
(3)制度思考はほどほどに
*今まで実践→制度化→実践→制度化 になってきたので
時間を止めて考える必要があるのだろうか?
制度を見つめ、なお足りないところを実践で補うことでさらなる制
度化になっていったのではないか。
(4)質問コーナーで
「構造化は利用者をコントロールしているのではないか」と
言っていた。
*障害特性として、主に3つの特性と感覚過敏があることによって
いわゆるパニックになってしまう方がいる。何をすべきかわから
ない、混乱気味にある、自身の感情を制御できない。
気持ちのコントロールができにくい方に、安定した暮らしが
できやすいように環境を整えることをしていくことで、そんな
暮らしがしやすくなるようにしていくことがおかしいことなのか?
ここは見解が分かれるところかもしれないと思った。
いけたに